荷電レプトン混合現象の探索

荷電レプトン混合現象とは何か?

物質を構成する基本的な粒子はクォークとレプトンであることが知られています。 クォークでは、異種のクォークが混合し、お互いに変換することが古くから 観測されていて、それは小林、益川両氏のクォーク混合理論で説明されます。 一方、レプトンには、正または負の電荷を持つレプトン(荷電レプトン)と中性電荷を 持つニュートリノがあります。ニュートリノについては、ごく最近、 スーパーカミオカンデやカムランドなどの国内での実験より、異種のニュートリノ が混合し振動していることが判明し、素粒子原子核物理学での 重大な一大発見となりました。しかし、電荷を持つレプトン、すなわち、電子(e), ミューオン(μ),タウ(τ)、についてのみは、未だ異種間の混合が 発見されていません。この混合を以下、荷電レプトン混合と呼びます(図1)。

Schematic of Lepton Mixing
図1: 荷電レプトン混合現象(赤矢印で表示)とニュートリノ混合現象。

しかし、ニュートリノ振動が実験装置の進展の後にやっと近年発見されたように、 荷電レプトン混合も従来の実験感度が不十分であるために、これまで未発見 であったという可能性が高いです。 それを裏付けるように、素粒子原子核物理学 標準理論を越える新しい物理理論(例えば、超対称性理論など)では、 もし実験感度を数桁向上することができれば、発見できると強く予言しています。

荷電レプトン混合現象の発見で何が分かるか?

究極理論として不満足な標準理論

素粒子物理学を理解するために我々が現在手中にしている理論的 枠組みは「標準理論」という名前で呼ばれてはいますが、すべてを 説明する究極の理論(Theory of Everything)としてはまだまだ 不満足です。 例えば、自ら大きさを決定できないパラメータが多数存在すること、 質量を作り出すヒッグス粒子の高エネルギーで不安定になること、等です。 したがって、標準理論を越える新しい理論的パラダイムを構築することが 最重要架台であり、そのために、標準理論では存在しないと予言される 新現象を探索することが重要となります。そのような現象のうち、 最も注目されるのが、荷電レプトン混合現象です。 注目される理由は、新しい理論の最有力候補である超対称性理論では、 荷電レプトン混合現象が実験観測可能であると予言しているからです。

超対称性理論

先程述べたように、 超対称性理論は、荷電レプトン混合の存在を予言しています。 超対称性理論では、すべての素粒子に対して、そのスピンが1/2だけ 違っている超対称性粒子が存在します。 荷電レプトン混合は、その対となる超対称性粒子の混合で起きます(図2)。 したがって、荷電レプトン混合現象の発見は超対称性理論の確立に つながります。 もし、このように、超対称性粒子が発見されると、英国物理学者である ディラックが予言した反粒子の、1930年代での発見と同様な 大発見となります。

Feynman diagram
図2:超対称性粒子によるミューオン電子転換過程の模式図。

さらに、超対称性理論で荷電レプトン混合が起きるとして、さらに、その 荷電レプトン混合の大きさを決める要因として、2つの重要なメカニズム があります。 ひとつは、ニュートリノのシーソー機構であり、もうひとつは基本的な 力の統一を目指す大統一理論です。 荷電レプトン混合の詳細を研究することにより、これらの理論についての 知見が得られます。

ニュートリノのシーソー機構

素粒子には自転しているものがあり、その自転をスピンと言います。 ニュートリノ以外の素粒子には、左巻き回転と右巻き回転のスピンが 観測されていますが、 ニュートリノについては左巻きスピン回転のみ(反ニュートリノでは 右巻きスピン回転のみ)しか観測されていません。 何故、右巻きスピン回転のニュートリノが観測されていないのでしょうか? 柳田氏らの提案しているシーソー機構 では、左巻きニュートリノと右巻きニュートリノの質量が異なり、左巻きニュートリノ は軽いが、右巻きニュートリノは重いために発見されていないとしています。 右巻きニュートリノは非常に重いために、現在は人工的に生成することは できない。 しかし、宇宙初期のビッグバン直後には大量に存在し、それらの崩壊を通じて、 宇宙の物質と反物質の量に差ができて、物質が創成されたという理論が 最も可能性の高いものとして受け入れられています。 これをレプトジェネシスと言います(柳田と福来両氏による)。 この理論では、荷電レプトン混合現象の大きさは、、この重い右巻きニュートリノ の質量に依っているので、荷電レプトン混合現象を発見することにより、右巻き ニュートリノの質量を決定することができます。また、将来、荷電レプトン混合現象 での物質と反物質の差を調べることにより、「何故、我々は宇宙に存在しているか」 という問い、すなわちレプトジェネシスによる宇宙の物質創成への糸口を 掴むことが出来ます。

大統一理論

基本的な力である強い力、弱い力、電磁力の大きさが、距離(またはエネルギー) ともに、変化することが知られています。これを理論的に研究した3人の 米国物理学者には、2004年度のノーベル物理学賞が授与されました。 これによると、非常に小さい距離(または1025 電子ボルトというエネルギー) でこの3つの力が統一されるかもしれないと予言しています。 これを大統一理論と言います。この大統一理論が正しいとする、小林・益川 クォーク混合の効果が、超対称性粒子を通じて、荷電レプトン混合に影響すると 言われています。

以上のように、超対称性シーソー機構または超対称性大統一理論によって、 荷電レプトン混合現象が起きます。現象の詳細(角度分布等)を調べることによって、 起源となる機構も解明されるでしょう。 超対称性理論で予言されるミューオン・電子転換過程の発生確率(発生分岐比) を図3に示します。もし、この荷電レプトン混合現象が発見されると、 ニュートリノ混合(またはニュートリノ振動)現象発見より更に重大な 大発見となります。

Branching ratio of mu-e conversion
図3:超対称性理論で予言されるミューオン・電子転換過程の発生確率 分岐比(縦軸)。横軸は超対称性粒子の質量(TeV/c2)である。 過去のミューオン電子転換探索実験からの上限値(SINDRUM-II)とPRISMの ゴールの実験感度も表示してある。また、関連するMEG実験の実験感度も示す。 さらに欧州のCERN研究所で建設中の大型陽子衝突加速器(LHC)での超対称性粒子の 質量の観測限界も示す。PRISM実験では、LHC加速器実験では到達できない 超対称性粒子の質量領域も網羅することができることが分かる。

MECO実験