大強度ミューオン源の開発 ( PRISM計画 )

PRISM計画とは高輝度のミューオンビームを生成する計画です。

ミューオンとは

この計画について述べる前にミューオンについて少々説明します。 ミューオンは、電子と同じレプトンと呼ばれる素粒子の一種です。 ミューオンの質量は106 MeV です。これは電子の200倍、水素の1/9の質量に相当します。 また2.2x10^-6 秒で電子とニュートリノに崩壊する不安定な素粒子です。 崩壊の際電子はスピン方向に出やすいというような特徴もあります。 ミューオンは陽子衝突により生成されます。宇宙線としてたくさんの ミューオンが地上に降りそそいでいます。 人工的に作る場合は高エネルギーの陽子ビームを タングステン等の標的に当てることによって生成します。

正電荷のミューオンは物質中で電子を捕獲して軽い水素として振る舞うことが知られてます。 また負電荷のミューオンは原子核に捕獲されて重い電子として振る舞う性質 をがあります。 これらの性質は広い分野で利用されています。

高輝度ビームとは

ミューオンビームというのはだいたい同じ方向に進んでいるミューオンの束のことを言います。 レーザービームの光(光子)をミューオンに置き変えたものと考えてもらって構いません。 上で述べたようにミューオンビームは 高エネルギー(速い)の陽子ビームをタングステン等の重い標的にぶつけることで生成します。 こうして作られたビーム中のミューオン達はエネルギーも異なっていますし、 ビームの大きさも広く、運動方向も揃っていません。 実験で必要とされるのは、ビーム中のミューオンの速さ(エネルギー)は出来る限り 一様で、ビームの断面積(ビームサイズ)も小さく、運動方向も揃っているミューオンビームです。 このような状態のビームを高輝度ビームといいます。 PRISM計画ではエネルギーの揃ったミューオンビームを生成することが目的です。

ミューオンビームを高輝度化するには

ビームの高輝度化する方法としては

等があげられます。 どちらもミューオンには実験的に適用されてはいません。 現在、世界各国で試験装置の準備が進められています。 そのうちの一つがPRISM計画です。 PRISM計画では位相空間回転法によってミューオンの高輝度化を行ないます。 位相空間回転法というのは粒子加速器に用いられている技術の1つで 高周波(RF)を用いて目標の速度より速い粒子は減速し、遅い粒子は加速し、速度(エネルギー)を 揃える方法です。

位相空間回転とは

位相空間回転法ではエネルギーが揃っていないパルス状のミューオンビームの エネルギーを揃えます。 以下の図は位相空間回転によってミューオンビームがどのようになるのか 模式的に表わしたものです。 左側の図はミューオンビームの状態を模式的に示した図で 青色の矢印はミューオンのエネルギーの大きさを表わしています。 右側のグラフは横軸を時間(高周波の位相に対するずれ)、 縦軸をエネルギーにとってミューオンの分布を表しています。 色のついている部分にミューオンが分布しています。 このように横軸を時間に、縦軸をエネルギーとして考えた空間を位相空間と呼びます。

上の段は最初の状態です。矢印の長さはまちまちでエネルギーは揃っていません。 また長手方向にはあまり広がっていません。 位相空間回転後、矢印の長さが揃ってエネルギーの 大きさは均一になります。一方長手方向には広がります。 分布を見ますと、分布が90度回転しています。これを位相空間回転と呼びます。

Image of muon beam
図1

位相空間回転の方法

位相空間回転は高周波電場を用いて速度の遅い粒子は加速し、速い粒子を減速 することによって達成されます。 図2を見て下さい。まずエネルギーの大きさがばらばらの粒子が 丁度高周波の電圧が0の位相にタイミングを合わせて入射されます。 粒子が進んで次のRF電場の位置所に到着した時には遅い粒子は遅れて到着し 速い粒子は早く到着します。その際RF電場とミューオンの位置関係が図に示したように なっていると遅い粒子は減速され、速い粒子は加速されます。 これを何回か繰返せばミューオンの速さ(エネルギー)が揃います。 揃ったところでビームを取り出せばエネルギーの揃ったビームを得ることが出来ます。

Schematic of Phase Rotation
図2

また図2の下の図は上の図の位置にある時のミューオンの位相空間の 分布を表わしています。 横軸はRF電場からの時間差を表わしています。 RFの位相0よりから遅い方を正にとっています。

PRISMの構成

PRISMの名前は(Phase Rotated Intense Slow Muon Source)の頭文字をとったものです。 日本語の意味は位相空間回転法による大強度低速ミューオン源となります。 これからPRISMの構成について述べていきます。

PRISMは大きく分けると以下のように3つの部分に分けられます。

Bird's eyes view of PRISM

パイオン捕獲部にはチタン等のターゲットが設置されています。 ターゲットに高エネルギー陽子が入射されると、パイオンが生成されます。 生成されたパイオンはいろいろな方向に飛び出すので 磁場によって集められ、パイオン崩壊ミューオン生成部に送られます。

パイオン崩壊ミューオン生成部はソレノイド磁石から構成されています。 ここでパイオンはミューオンに崩壊し、ミューオンビームが作られます。 ソレノイド磁石による磁場によってミューオンビームは 位相空間回転部に送られます。

位相空間回転部はFFAGと呼ばれる加速器です。 ここで、RF電場によって速い粒子は減速され、遅い粒子は 加速され、ミューオンのエネルギーが揃えられます。 もともとのエネルギーの広がりが20 %であったのが、 最終的には2 %程度になります。

PRIME

FFAGリングから出射されたミューオンビームは PRIME(PRISM Mu E conversion)と呼ばれる 実験部に送られます。 ここで測定するのは μ--e-転換と呼ばれる 原子核中に捕獲されたミューオンが電子に転換する反応です。 ミューオンはほとんどがニュートリノと電子に崩壊しますが、 超対称性理論よると、10-18の割合で ミューオンは電子に転換します(μ-e conversion)。 この時のエネルギ-の幅はニュートリノと電子への崩壊に比べて、 非常に狭いため、 電子のエネルギー分布を見ることによって、μ-e conversionが 起こった信号を判別することが出来ます。

PRISMから出射されたミューオンは PRIMEにおいて20枚程度の薄膜標的に入射され、 標的内の原子核に捕獲されます。 原子核からの崩壊電子をソレノイド磁場によって捕獲します。 ソレノイド磁場には磁場勾配がつけられており、 これによって捕獲電子は前方のソレノイド磁石に送られます。 ソレノイド磁石はある曲率半径で配置してあり、 これによって不要な運動量の電子を排除しています。 ソレノイドを出た電子は検出器部に送られ、エネルギー分布が 測定されます。