概要

本研究の目的は、2014年後期に開始予定である米国Fermi加速器研究所でのE989実験に参加し、ミューオンの異常磁気双極子モーメント(以下、aμ=(g−2)/2という)を従来の4倍以上の精度の0.14ppmで測定し、素粒子物理学の標準理論を超える新しい物理を確立することである。前回2001年の米国Brookhaven国立研究所のE821実験では、aμ値を0.54ppmの精度で測定した。その実験値は、標準理論の予測値から約3.2σほどずれた値になっており、新物理の手がかりではないかと注目が集まっている。本実験により実験精度を更に4倍ほど向上し、またもし中心値が現在のままであるとすると、7.5σのずれとなり、新しい物理の手がかりを優位な精度で確立できる重要な素粒子実験研究となる。

研究の学術的背景

ミューオンの異常磁気双極子モーメント、aμ=(g−2)/2、は量子補正から生じる基本的な物理量であり、高精度の測定が可能であることが知られている。ここで、gは磁気双極子モーメントのg因子であり、aμは(g−2) と参照されることもある。前回2001年の米国Brookhaven国立研究所(BNL)のE821実験ではaμを0.54ppmの精度で測定した[1]。

この値を素粒子物理学の標準理論の予測値と比較すると、約3.2σのずれがあることが分かった。このずれはTeV領域の新しい物理の手がかりではないかと熱い注目を集めている。しかし、3σのずれは発見の証拠としては不十分である。これを確定するために、より精度の良い実験が渇望されてきた。本研究では、米国Fermi 加速器研究所(FNAL)のE989実験において、約21倍のデータを収集しかつ系統誤差も向上することにより、実験精度を4倍程度改善することを目指している() [2]。

図1にこれまでの実験の誤差と本実験の目標とする実験誤差を示す。もし中心値が現在のままであるとすると、7.5σのずれとなり、優位な信頼度で新物理の手がかりを確認できる可能性がある。したがって、本FNAL-E989実験が決定的で重要な実験であることがわかる。

標準理論での異常磁気双極子モーメントは、何も量子補正をしないDirac粒子では零であるが、前述のように量子補正から以下のように与えられる。

主たる寄与はQEDによるであり、leading term はα/(2π) のSchiwinger項である。は良く理解され高い精度で評価することができる。一方、は直接計算できないので、e+e− → hadronsの反応断面積と分散関係を使って評価する。現在、電子陽電子衝突実験のデータが蓄積しており、この評価の誤差は小さくなりつつある。さらに、実験データから評価できない寄与としてlight-by-light 項があるが、これもLattice計算などでその誤差の評価が確定しつつある。近い将来、標準理論の予測値の誤差(特に)が、式(3)の誤差から、±34×10-11程度以下になることが期待されている。したがって、(式(1)から)4倍改善した本実験の目指す実験誤差±16×10-11と組み合わせると、合計の誤差は±34×10-11となり、現在の±81×10-11に比較して、格段に向上することがわかる。

aμの標準理論の予測値と実験値の差は、標準理論を超える新しい物理で説明できる可能性がある。そのような新物理のモデルとしては、超対称性理論(SUSY)、Little Higgs理論などがある。特に、超対称性理論での異常磁気双極子モーメントへの寄与は

で与えられ、ΛはSUSYスケールである。この差を説明するのに適度な大きさを与えることがわかる。また、図2からわかるように、SUSY理論のtanβを決定する際にLHCよりずっと有効であることが知られている。2011年秋の段階ではLHCにおいて超対称性粒子の兆候はまだ発見されていないが、非常に大きなtanβ値であればaμの差を説明できる。

図1:過去の実験によるミューオン異常磁気双極子モーメントの測定誤差とFNAL-E989の目標値

図2:ミューオンのaμから超対称性理論のtanβの決定精度

研究期間内の何をどこまで明らかにしようとするか

我々の大阪大学グループは、2006年にBNLに提案した実験P969から参加している。BNL-P969は残念ながら進展しなかった。しかし、2009年春にFNALにP989実験プロポーザルを提案し、2009年秋に採択された[2]。さらに2010年にE989実験の予算申請が米国エネルギー省(DOE)に提出されて、高い評価を受け、実験費用も認められている[2]。現在の実験計画の予定では、2014年後期からE989実験が開始されることになっている。研究計画に述べるように、本研究期間の内、2012年と2013年にE989実験の電子カロリメータ測定器を開発し、またその実機の一部を製作する。更に2014年後期と2015年にデータ収集をする。2015年末までには、収集したデータを解析し研究期間内に実験結果をまとめることを目標とする。

本研究の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義

素粒子物理学の標準理論(Standard Model)は、その理論自身で決定できないパラメータなどが数多くあり、完全な理論であるとは信じられていない。標準理論を超える物理の理論的フレームワークの手がかりを得るために、新しい物理現象が探索されている。しかし、これまでLHC実験を含め標準理論の枠組みで説明できない現象は発見されていない。現時点では、ただ唯一標準理論で説明できない観測量は、ミューオンのaμである。本研究により、aμのずれの信頼度を大幅に改善することができれば、新しい物理現象を発見したと確定することができるかもしれない。もしそうなると、本研究は素粒子物理学の新しいパラダイムを形成するきっかけとなる。

参考文献

[1] G.W. Bennett et al (Muon (g-2) Collaboration), Physical Review D 73, 072003 (2006).

[2] New (g-2) Collaboration, “The New (g-2) Experiment: A Proposal to Measure the Muon Anomalous Magnetic Moment to ±0.14ppm Precision”, submitted to the DOE office of High Energy Physics, April 5, 2010

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ミューオン異常磁気双極子モーメント精密測定の新展開

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