MuSIC実験装置は、大阪大学核物理研究センター(以下、RCNP)に建設された世界最高のミューオン発生効率を誇るミューオンビーム源です。これは連続時間構造(DC)を持つミューオンビームを提供する日本初のミューオン施設でもあります。

ミューオンとミューオン科学

ミューオンは、電子と同じレプトンと呼ばれる素粒子のグループの一種です。ミューオンの質量は106メガ電子ボルト(MeV/c2)です。これは電子の200倍、水素の1/9の質量に相当します。 正電荷のミューオンは、物質中で軽い水素のように振る舞うことが知られてます。また、負電荷のミューオンは、原子核に捕獲されてミューオン原子を生成し、その中で重い電子として振る舞う性質があります。 また、ミューオンは不安定で、2.2x10-6秒の寿命で、負電荷ミューオン(正電荷ミューオン)は、電子 (陽電子) とニュートリノと反ニュートリノに崩壊します。正電荷(負電荷)ミューオンの崩壊で発生した陽電子(電子)はスピン方向(スピンと反対方向)に出やすいというような特徴があります。

したがって、陽電子(電子)の放出方向から、ミューオンのスピンの方向がわかります。また、ミューオンは、陽子衝突により生成されたパイオンが崩壊して生成されます。たとえば、宇宙を漂う陽子が大気圏に衝突してミューオンを生成し、宇宙線としてそれらのミューオンがたくさん地上に降りそそいでいます。人工的に作る場合は、高エネルギーの陽子ビームを標的に当てることによってパイオンを生成し、それからミューオンを生成します。上記のミューオンの得意な性質からミューオンは広い分野で利用されています(図1)。

MuSICとは?

日本初の連続時間構造を持つ大強度ミューオンビーム源がRCNPに建設されています。このプロジェクトは、MuSIC(MUon Science Innovative muon beam Channel)計画と名付けられています。 図2に、MuSIC 全体概念図を示します。MuSIC計画は、久野研究室を中心に、RCNPと高エネルギー加速器研究機構の協力で進めています。 一方、 茨城県東海にあるJ-PARC物質生命科学実験施設のMUSEミューオン施設は、パルス時間構造のミューオン源です。

一般には、ミューオン生成量は陽子のビームパワー(エネルギーと電流の積)に比例します。RCNPの陽子サイクロトロンは、400MeVで最大1μAまでの陽子ビームがを供給できますので、陽子ビームのビームパワーは高々0.4 kW です。これは、MUSEが利用するRCS加速器の陽子ビームパワーの0.04%です。MuSIC では、この決して大パワーとはいえない陽子ビームを利用して、世界最高強度のDCミューオンビーム源の実現を目指しているというユニークな施設です。

その要の技術が、超伝導ソレノイドを用いた大立体角の「パイオン捕獲部」という独創的なアイデアです。通常、パイオン捕獲用電磁石は生成標的からある程度距離を置いて設置されます。一方、MuSICでは、図3のように、長いグラファイトで構成されたパイオン生成標的を強いソレノイド磁場(3.5テスラ)内に設置することで、従来の1000倍以上の効率でミューオンを生成します。この新しいミューオン生成手法により、RCNPにおいて、108ミューオン/秒のミューオンを発生することが可能となりました。

MuSICでは、パイオン崩壊から発生したミューオンは、湾曲型超伝導ソレノイドからなる「ミューオン輸送部」により実験装置へと輸送されます。この部分の重要な役割は、粒子の電荷と運動量を選択し、高純度のミューオンビームに加工することです。湾曲したソレノイドビームチャンネル中を粒子が進むと、湾曲面の法線方向に粒子がドリフトすることが知られています。このドリフトの向きと大きさは、粒子の電荷と運動量の大きさなどによる。さらに、ドリフト方向と平行成分の補正磁場を加え、その向きと大きさを調節することにより、輸送する粒子の電荷と運動量を選択することが可能です。

MuSICでの成果

MuSICのようなミューオンビーム源はこれまで世界に存在しませんでした。しかし、予算が認められ、2009年度末にパイオン捕獲部と輸送部の一部(36度まで)が完成しました。これは、世界で初めての試みです。その配置の概念図を図3に示します。予想されるミューオン収量は、陽子ビーム1μA の場合で、正電荷ミューオン総量で約108/秒、負電荷ミューオン総量で5×107/秒です。 運動量の中心値は約40MeV/c、運動量広がりは±15MeV/c程度です。

施設名

国名

beam出力

時間構造

ミューオン収量

PSI

スイス

1200 kW

連続

108/秒

TRIUMF

カナダ

75 kW

連続

105/秒

RAL

英国

200 KW

パルス

2x105/秒

J-PARC・MUSE

日本

1000 kW

パルス

108/秒

MuSIC

日本

0.4 kW

連続

108/秒

2010年7月からミューオンビーム生成試験を実施しました。その結果、予想されるミューオン収量値をほぼ達成することができ、世界最高のミューオン生成率を確認しました。これは、現存のミューオンビーム施設の約1000倍の向上です。また、このMuSIC上流部は、COMET実験のミューオンビーム源の技術開発も兼ねており、COMET実験に必要なミューオンを生成できることも実証できました。2012年度に認められたRCNP補正予算で、MuSICビームラインの拡張も計画されています。現在、MuSIC装置全体の完成に向けて準備を整えているところです。図4に現在の装置の写真を掲載します。

MuSIC は、世界初のパイオン捕獲部を備え、日本で唯一の連続時間構造を持つ大強度ミューオンビーム施設となります。ビームの時間構造は、そこで展開できるサイエンスの内容に大きく影響します。パルスミューオン源あるJ-PARC-MUSE とは、相補的な関係を築き、協力して日本のミューオン科学の発展に貢献していくものと期待しています。

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