PRISMは、位相空間回転を使って高輝度ミューオンビームを生成する装置です。FFAG加速器から構成されるミューオン蓄積リングと高周波加速電場発生装置を使います。平成15年度から5カ年計画で、PRISMの試作器が大阪大学核物理研究センター(以下、RCNP)に建設され、試験されました。現在は、日本と英国を中心とする国際共同研究として更なる研究開発をしています。

なぜ高輝度ビームが必要か?

ミューオンビームというのはだいたい同じ方向に進んでいるミューオンの束のことを言います。レーザービームの光(光子)をミューオンに置き変えたものと考えてもらって構いません。ミューオンビームは 高エネルギー(速い)の陽子ビームをタングステン等の重い標的にぶつけることで生成します。こうして作られたビーム中のミューオン達はエネルギーも異なっていますし、ビームの大きさも広く、運動方向も揃っていません。実験で必要とされるのは、ビーム中のミューオンの速さ(エネルギー)は出来る限り一様で、ビームの断面積(ビームサイズ)も小さく、運動方向も揃っているミューオンビームです。このような状態のビームを高輝度ビームといいます。高輝度ミューオンビームが使えるようになれば、小さい試料や薄い試料を使って研究することが可能になります。ですので、高輝度化技術は、ミューオン科学を一層進展するためには非常に期待されているのです。

ミューオンビームを高輝度化するには?

ミューオン・ビームの高輝度化を達成するには、以下のような方法があげられます。
位相空間回転法
イオン化冷却法

どちらの方法もミューオンビームに対して実証されてはいません。現在、世界各国で試験装置の準備が進められています。そのうちの一つがPRISM計画です。PRISM計画では位相空間回転法によってミューオンの高輝度化を行ないます。一方、イオン化冷却は英国のMICE実験でテストされようとしています。

位相回転とは?

位相空間回転では、高周波電場を用いて速度の遅い粒子は加速し、速度の速い粒子を減速することによってエネルギーを揃えます。図1は位相空間回転によってミューオンビームがどのようになるのか模式的に表わしたものです。図1の左側の図はミューオンビームの状態を模式的に示した図で、青色の矢印はミューオンのエネルギーの大きさを表わしています。図1の右側の図は、横軸を時間(高周波の位相に対するずれ)、縦軸をエネルギーにとってミューオンの分布を表しています。色のついている部分にミューオンが分布しています。このように横軸を時間に、縦軸をエネルギーとして考えた空間を位相空間と呼びます。上の段は最初の状態です。矢印の長さはまちまちでエネルギーは揃っていません。また長手方向にはあまり広がっていません。位相空間回転後、矢印の長さが揃ってエネルギーの大きさは均一になります。一方時間方向には広がります。分布を見ますと、分布が90度回転しています。これを位相空間回転と呼びます。

高周波電場を使ってミューオンの加速と減速する様子を図2に示します。まずエネルギーの大きさがばらばらの粒子が丁度高周波の電圧がゼロの位相にタイミングを合わせて入射されます。粒子が飛行し、次の高周波電場の位置に到着した時には遅い粒子は遅れて到着し速い粒子は早く到着します。その際、高周波電場とミューオンの位置関係が図に示したようになっていると遅い粒子は減速され、速い粒子は加速されます。これを何回か繰返せばミューオンの速さ(エネルギー)が揃います。また、図2の下の図は上の図の位置にある時のミューオンの位相空間の分布を表わしています。 横軸は高周波電場からの時間差を表わしています。 高周波加速電場の位相ゼロよりから遅い向きを正にとっています。

PRISMとは?

PRISMの名前は(Phase Rotated Intense Slow Muon Source)の頭文字をとったものです。日本語の意味は位相空間回転法による大強度低速ミューオン源となります。位相空間回転をするためには、直線加速器よりミューオン蓄積リングを使うと経済的です。というのも、ミューオンは蓄積リングを周回するので同じ高周波電場発生装置を多数回使用することができるからです。では、次ぎに、ミューオン蓄積リングとしてどのような加速器が最適でしょうか?今、候補に挙がっているのは、固定磁場強収束シンクロトロン(Fixed Field Alternating Gradient Synchrotron = FFAGと参照)と呼ばれる加速器です。FFAGでは、サイクロトロンに似ていますが、磁場が動径位置により変化していて、磁場の向きを交互に変えてビームを強収束します。我々はPRISM用のFFAGを設計しました。PRISMでは、もともとのエネルギーの広がりが20%であったのが、最終的には2%程度になります。

平成15年度から5カ年計画で、PRISM用のFFAG試作リングをRCNPに建設しました。アルファ線源からのアルファ粒子を用いて試験をして、目標の性能が達成されていることを確認されました。図3に建設したPRISM用FFAGリングを示します。このFFAGリングは将来、MuSICからのミューオンビームを用いて更なる試験をする将来計画になっています。

PRIMEとは?

PFFAGリングから出射されたミューオンビームは、PRIME(PRISM Mu E conversion)と呼ばれる実験部に送って、μ--e転換過程探索をすることを計画しています。これは、COMET実験の後の将来のμ--e転換過程探索実験として検討しています。図4に、PRISM-PRIME実験装置の全体図を示します。位相空間回転によってエネルギーの揃ったミューオンビームは、PRIMEにおいて、COMET実験に比較して約10枚程度に薄いミューオン静止標的に止めます。μ--e転換過程から発生した電子は、電子輸送湾曲ソレノイド磁場によって捕獲します。湾曲ソレノイド磁石はある曲率半径で配置してあり、これによって不要な運動量の電子を排除しています。また、PRISMでは、ミューオンビームの飛行総距離が非常に長いため、ミューオンビーム中に混入するパイオンは自然崩壊し除去することができます。電子輸送ソレノイドを出た電子は検出器部に送られ、運動量とエネルギー分布が測定されます。PRISM-PRIMEでは、3x10-18の1事象実験精度の実験が可能になると考えています。これは、COMET実験に引き続く、究極のμ--e転換過程探索実験となるでしょう。

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